代表挨拶
日本の物産で、
もう一度立国する。
石塚商店の石塚卓也です。サイトをご覧いただき、ありがとうございます。
石塚の家は、もともと漁師の家系でした。祖父は長男ではなかったので分家し、身を立てるために様々な商いに手をつけました。そのひとつが卸業で、これが石塚商店の原点です。
なかでも軌道に乗ったのが1960年頃、高度経済成長期に自動車産業が伸びるなかで手がけた金属加工業でした。祖父はそれを軸にしながら、木工品の製作、養蜂や農場の運営へと商いを広げていきます。売るだけの人ではなく、自分でつくる人でもありました。つくる苦労も、売る難しさも、両方を知っている人だったと思います。
二代目である父は、その事業を引き継ぎ、長く続いた不況のなかで会社を守り抜きました。平成の不況期には事業を絞る決断をしたうえで、三代目である私にバトンを渡してくれました。
私自身は、家業とは別に情報技術の分野で起業し、様々な産業の経営改善や業務改善に携わってきました。その経験を携えて、三代目として祖業を承継していきます。
商社部門を立ち上げ、「石塚商店」という名前をつけたのは、祖父が持っていた創業の精神を今一度この手に取り戻したかったからです。機を見て動き、つくることと売ることの両方に責任を持つ。屋号に「商店」を選んだのは、その原点を忘れずにいるためです。
日本の産地に、利益が残る形を
ベトナムやマレーシアで働き、東南アジア各国を回るなかで、はっきり見えてきたことがあります。日本ブランドは、すでに確立しているのです。パッケージにひらがなやカタカナが書いてあれば、それだけで「高品質」「おいしい」の代名詞になる。ところが実際に商品を手に取ってみると、その多くは中国で作られたものでした。
日本の食品そのものが文化として受け入れられている、まさにその只中です。それでいて、そこで生まれた利益の大半は、生産力と商いの巧みさで先んじた国へ渡っている。もったいない、というのが率直な実感でした。
つくる側にいた家に育ったからこそ、なおさらそう思います。良いものをつくるには時間がかかります。手間をかけた分をそのまま値段にできるとは限らない難しさは、祖父や父を見ていて知っているつもりです。
円安が進む今は、日本の産地にとって、良いものを世界へ届けて相応の対価を得る好機だと考えています。当社が産地での買い付けから現地の売り場までを一気通貫で手がけ、自ら店舗まで構えているのは、日本産であることの価値を、そのまま価格として産地にお返しするためです。
最初の売り場をベトナムのダナンに置くのにも、理由があります。私はベトナムで長く働いており、別の業態でグループの現地法人を構えています。ともに働いてきた人たちがいて、商習慣も分かっている土地です。産地からお預かりしたものを預ける先として、自分が一番よく知っている場所を選びました。
日本産でなければ、と言ってくださる買い手は、海外に確かにいます。足りていないのは需要よりも、それを届ける仕組みのほうだと考えています。
産地の皆様には、買い付けのご相談を通じてお目にかかることになると思います。まずは一度、お話を聞かせていただければ幸いです。
会社概要
| 商号 | 石塚商店 Ishizuka Corporation |
|---|---|
| 創業 | 1960年 設立:商社部門を2024年に法人化 |
| 代表取締役 | 石塚 卓也 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| 所在地 | 〒101-0041 東京都千代田区神田須田町1-7-8 VORT秋葉原Ⅳ 2F |
| グループ従業員数 | 70名 |
| 事業内容 | 食品をはじめとする日本の物産の買取輸出/輸出代行/加工・生産工場の業務改善支援/販売店および飲食店の運営/産地から販売までを支える企業への事業投資/IT技術による業務改善の支援 |
| 取引銀行 | みずほ銀行 日本政策金融公庫 |
